創設理念・設立の歩み
札幌木工団地をかえりみて
~ はじめに(創設の原点) ~
協同組合札幌木工センターの創設は、戦後日本の産業構造の大きな変化と、生活文化の向上という時代的要請
の中で構想されました。初代理事 西野 清太郎 氏 は、その著書『集団工場を省みて』において、次のように
述べています。
『 第二次世界大戦後の10カ年にわたる科学技術の進歩は著しく、生活の安定と文化的な暮らしの実現
には、家具・建具など住環境の充実が不可欠である。これに応えるためには、時代に即した家具・
建具製造を主軸とする集団的な工業化が必要である。』
この言葉には、単なる生産効率の向上ではなく、「暮らしの質そのものを高める産業のあり方」を模索する
思想が込められています。
~ 中小企業が直面していた現実 ~
同氏はまた、中小企業を取り巻く当時の状況について、次のように指摘しています。
『 中小企業は資本力や設備面での制約が大きく、単独では近代化に限界がある。さらに地域産業は
同氏はまた、中小企業を取り巻く当時の状況について、次のように指摘しています。
『 中小企業は資本力や設備面での制約が大きく、単独では近代化に限界がある。さらに地域産業は
大資本の進出により圧迫されている。』
この認識のもとで示されたのが、「個別ではなく、共同で立ち向かう」という発想でした。設備投資の共同
この認識のもとで示されたのが、「個別ではなく、共同で立ち向かう」という発想でした。設備投資の共同
化、生産の分業化・専門化、経営の合理化を進めることで、産業としての基盤を強化する必要性が説かれて
います。
~ 協同組合設立という選択 ~
こうした背景のもと、協同組合札幌木工センターは昭和36年(1961年)、家具・建具を主力とする30社に
より設立されました。設立にあたっては「中小企業振興資金助成法」の全国第1号適用を受け、行政の支援の
もとで木工団地構想が具体化していきます。この取り組みは単なる工場の集約ではなく、
・生産の効率化
・品質の安定化
・技術の近代化
・福利厚生の向上
といった、産業全体の構造転換を目指すものでした。
・生産の効率化
・品質の安定化
・技術の近代化
・福利厚生の向上
といった、産業全体の構造転換を目指すものでした。
~ 木工団地という構想の広がり ~
設立後は、共同施設の活用による経営の合理化や、資材の共同購入によるコスト低減など、協同化のメリット
を具体的に実現していきます。さらに、製品の品質向上や市場開拓、人材育成にも取り組み、住宅内装分野に
おける一定の基盤形成へとつながっていきました。
~ 理念としての継承 ~
設立までの道のりは決して平坦ではなく、多くの困難を伴うものでしたが、その理念は現在まで組合の根幹と
して受け継がれています。初代理事長は最後に、林芙美子の一節を引用しながら次のように述べています。
『 かえりみて、くるしきことのみ多かりき みち暗くして山のけわしき 』
この言葉には、困難の中で事業を築き上げてきた実感と、それでも前進を続ける意思が込められています。
『 かえりみて、くるしきことのみ多かりき みち暗くして山のけわしき 』
この言葉には、困難の中で事業を築き上げてきた実感と、それでも前進を続ける意思が込められています。
~ 歴史の継承 ~
その後も札幌木工団地の発展は、歴代代表理事のもとで継承されてきました。
その後も札幌木工団地の発展は、歴代代表理事のもとで継承されてきました。
・昭和42年より 故 山地 弘高 氏(36年間)
・平成14年より 故 高松 正 氏(3年間)
・平成17年より 安本 勝弘 氏(15年間)
・令和2年より 安田 浩康 氏(現代表理事)
・平成14年より 故 高松 正 氏(3年間)
・平成17年より 安本 勝弘 氏(15年間)
・令和2年より 安田 浩康 氏(現代表理事)
